海事産業にもIT革命を!
機関士の「暗黙知」をSNSで可視化・共有化する

株式会社MarineSL 取締役 志野安樹さん

会社概要

MarineSLは、主に海運業、造船業、舶用工業等で構成される「海事クラスター」の課題解決に特化したスタートアップ企業で、2022年に設立しました。「デジタルなカルチャーを共に創る」をミッションに掲げ、海事産業を支援するソフトウェアの開発やコンサルティングを手掛けています。現在メインとするプロダクト「Si-Trax」は舶用機器メーカー向けの営業支援システム。当社独自のアルゴリズムによって洋上の船の機器・部品の稼働率や消耗具合を可視化し、効率的な営業活動や生産活動に役立てていただくソフトウェアです。海事クラスターの課題はさまざまな要素が複合的に重なり合っているため、個々の課題への対応の蓄積によって将来的に業界の発展に貢献することを目指しています。

MarineSL取締役 志野さん。

本事業の応募きっかけ

海に出た船舶は、いわば一つの島のような環境で、外との通信や物の調達がほとんどできません。船内で何が起きているか、どういう状況かは、メーカーや商社もリアルタイムで把握できないわけです。当然コミュニケーションを取るにも非常に手間がかかりますが、昔ながらの慣習が強く残る業界ということもあり、他に比べてシステム化がかなり遅れているのが現状です。前述した「Si-Trax」は、このような状況の中で、陸上から船内の部品需要を予測できるようにするため開発したシステムでした。今回は、船内で各種機器のメンテナンスを行う機関士向けのサービスとして、これまで口伝えや現場など限られた場面でのみ受け継がれてきたノウハウを広く共有するための交流サイトを立ち上げます。機関士個人が持つ経験や知見を教え合い、共有して、若い世代へスキルを継承する目的もあります。このアイデアは以前から温めており、今回が実現するチャンスと考え応募しました。

プロジェクト内容

形式は会員が誰でも投稿できるSNSサービスです。モデルとしてイメージしたのは、車の整備や部品の情報交換を行う既存のSNSサイトです。故障や修理、整備に関する内容を誰でも投稿でき非常に情報量が多い。このような交流サイトが船にもあれば絶対に役に立つと考えました。舶用機器にはもちろんメーカーの取扱説明書がありますが、実際の現場では必ずしも想定通りに事が運びません。海上ゆえに、部品が壊れても純正品の予備がなかったり、メーカーが推奨する修理方法ではコストがかかりすぎたりということがあり、機関士はそれぞれ独自に培った知識と知恵をフル回転させてトラブルに対応します。実際にどのように対処しているかは、メーカーも知らないことが多いと思います。船の中で起きるさまざまなケースとその対応事例をSNS上で共有するのが、今回のプロジェクトです。モデルにした車のSNSと異なる点は、ここに関わるのは一般の素人ではないという点です。一定の技術レベルを有する機関士をターゲットに、情報を蓄積することを目指しています。機密情報もあるため、どこまでオープンにするかは今後検討の余地があります。
実際に想定するのは「エラーが出ている」「機器が動かなくなった」などの場合に写真を撮って貼り付けて投稿し、相談すると、経験のある機関士らがアドバイスを書き込むという形です。機関士の持ついわゆる「暗黙知」には非常に高い価値があり、ITの活用によってそれらを可視化することには大きな意義があります。
現在はモニターをお願いして試験的に運用しています。想定するユーザー数は外航船のほうが圧倒的に多いので、まずは外航船で導入を目指しており、画面はすべて英語になります。軌道に乗れば内航船への移行も計画しています。
国内の舶用機器は1兆円規模の巨大市場。それなのにこれまでほとんど合理化されておらず、計り知れないポテンシャルが眠っています。兵庫県のベイエリアは神戸を中心に海事クラスター関連の企業が集積し、従事する人口も多大。海事産業の課題はそのまま地域課題であるといえます。込み入った課題を一つ一つ解決しつつ、ソフトウェア制作だけでなく企業と企業を結び付けていくことで地域産業の発展に貢献できると考えています。

プロジェクト成果

各社への説明と試験運用の段階ではありますが、他にないサービスなので関心を持っていただいています。機関士同士の技術的な交流ツールは、現状Facebookのコミュニティくらいですが、検索しづらい、評価のフィードバックが分かりづらいという難点があります。その点、当社のサービスは情報が整理されていることに一定の評価をいただいています。
古くからの慣習が残る業界ではあるため、ベンチャー企業との付き合いやITの導入に慎重な企業が多いことは事実です。しかしコロナ禍を経てリモートワークも普及し、各企業もDX化を避けては通れない中で、話を聞いてもらえることが増え手応えを感じています。海事産業が盛んな土地は全国にいくつもありますが、われわれにとって神戸は非常に始めやすい土地でした。新しいことを受け入れる気風があり、理解してくれる人が多いと感じています。

国際色豊かな神戸の港町。

ITソフトウェアについて説明する志野さん。

将来ビジョン

海事産業は巨大な市場ですが、これまでほとんど合理化されておらず計り知れないポテンシャルが眠っています。ITの活用によって解決できる課題も非常に多い。今は末端の課題を一つ一つ解決している段階で、なかでも今回取り組む「暗黙知の可視化と蓄積」は必ずやり遂げなければならない事柄です。このシステムを仕組みの一つとして今後新たな価値を創造し、メーカーや商社とつながりを構築していくことを目指します。海事はすそ野の広い産業で、雇用人口も多く、ものづくりの魅力も持ち、グローバルで非常に面白い業界。この産業を守り、発展させ、将来兵庫県の海事産業に利益をもたらすことを目指します。